この記事の位置付け
資金調達の手段の選択は、手段の全体を比べて選ぶ場面と、個別の手段の条件を確かめる場面とに分かれますので、次のとおり切り分けます。本ページは、M&Aの資金を自己資金と借入れとにより組み立てる方法を扱います。
▶ その他の資金調達手段|ビジネスローン・私募債・補助金の使い分け
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取引先の紹介で、同業の会社を譲り受けないかという話が持ち込まれた。概要の書面を見て、規模も地域も自社に合う。先方からは、2週間以内に意向表明書を出してほしいと求められている。買収の金額の見当はついている。しかし、その金額をどこから用意するのかは、まだ何も決まっていない。買主となる側の経営者から寄せられる相談は、この段階のものが最も多くを占めます。
買収の話は、資金の準備が整うより先に動き出します。売主は事業の継続を急ぎ、仲介する者は期限を切り、候補は複数います。この流れの中で、資金の裏付けを示せない候補は、価額の多寡にかかわらず後回しにされます。買収の実現の可否は、価額の交渉よりも、いつ資金が確定するかによって決まる場面が少なくありません。
結論から申し上げます。買収の資金は、自己資金、借入れ、対価の設計の三つを組み合わせて手当てするものであり、意向表明を出す前に、その組合せと各部分の見込みを書面の形にしておく必要があります。株式を取得する取引は民法第555条にいう売買であり、その代金を借入れによって賄う場合の金銭消費貸借は民法第587条によります。以下、順にご説明します。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
資金の手当ての話は、買収という一回限りの支出を賄う場面と、日々の事業の資金を回す場面とで内容が異なりますので、次のとおり切り分けます。
- 買主として買収の代金を用意し、実行の日までに確定させる場面……本記事
- 借入契約に付された財務上の数値の約束を読む場面……借入契約に付される財務制限条項と、抵触した場合の実務
- 月々の現金の出入りを表にして金融機関へ示す場面……金融機関に示す資金繰り表の作り方と説明の順序
- 借入れ以外の調達の手段を比べる場面……その他の資金調達手段|ビジネスローン・私募債・補助金の使い分け
買収の話は、資金の目途がつく前に動き始めます
順序が逆であるように見えますが、これは避けがたい事情によります。売主の側は、情報が広がることを恐れて、限られた候補にだけ話を持ち込みます。買主の側は、対象の内容を知らないまま資金の相談を金融機関に持ち込むことができません。したがって、対象を知る段階と、資金を用意する段階とが、常に重なり合います。
意向表明書には、取得の対象、想定する価額の幅、そして資金の調達の方法を記載することを求められるのが通常です。ここで「自己資金及び金融機関からの借入れ」とだけ書いた場合と、「自己資金○円、取引金融機関からの借入れ○円、うち内諾を得ている額○円」と書いた場合とでは、受け取られ方がまったく違います。
したがって、対象の概要を受け取った直後に、社内で二つの作業を並行して始めてください。一つは、対象の内容の検討です。もう一つは、自社が用意できる資金の上限を、手元の現預金と借入れの余力から算定する作業です。後者は対象の詳細を知らなくても着手できます。
手当ての方法は大きく三つに分かれます
第一は自己資金です。手元の現金及び預金、定期預金の解約、保有する有価証券の売却によって用意する部分を指します。この部分の大きさが、後の二つの選択肢の幅を決めます。金融機関は、買主自身がどれだけ拠出するかを、真剣さの度合いとして見るからです。
第二は借入れです。買収の代金に充てるための貸付けであり、返済の原資が買収後の事業の利益に依存するという特徴を持ちます。運転資金の借入れとは審査の視点が異なり、対象の事業の内容にまで検討が及びます。第三は、対価そのものの設計によって支払の時期を後ろへ動かす方法です。代金の一部を実行の日から一定の期間の後に支払う、又は一定の条件が満たされた場合に追加して支払う、という組み方です。
これらに加えて、第三者から出資を受ける方法があります。株式会社が募集株式を発行する場合には、会社法第199条第1項により、募集株式の数、払込金額又はその算定方法、払込みの期日又はその期間などの事項を、その都度定めなければなりません。実務では、これら三つないし四つを組み合わせるのが通常であり、いずれか一つで全額を賄う形は、かえって不安定になります。
借入れによる場合に金融機関が見る点
第一に、買主自身の既存の事業の返済能力です。買収が想定どおりに進まなかった場合でも、既存の事業から返済を続けられるかが最初に問われます。第二に、対象の会社が生み出す利益の水準と、その安定性です。第三に、価額の根拠です。第三者が作成した算定の書面があるかどうかが確認されます。
第四に、買収の後の資金繰りです。代金の支払によって手元の資金が薄くなった状態で、運転資金が回るかどうかを見られます。第五に、買主が投じる自己資金の割合です。第六に、買収後の経営の体制です。対象の会社の役員や幹部が退任する場合、その後を誰が担うのかを説明できなければなりません。
社内の手続にも留意が必要です。取締役会設置会社においては、会社法第362条第4項が、重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない旨を定め、同項第1号に重要な財産の処分及び譲受けを、同項第2号に多額の借財を掲げています。株式の取得も、その資金のための借入れも、いずれも取締役会の決議を要する事項に当たり得ますので、決議を経ないまま話を進めることはできません。
対象会社の資産を担保とすることができるか
買収の実行の前は、対象の会社は買主にとって第三者です。その会社が保有する不動産や機械に、買主の借入れのために担保を設定することは、実行の前の段階ではできません。民法第369条第1項は、抵当権者が、債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有すると定めていますが、担保に供するかどうかを決めるのは、その不動産を所有する会社です。
実行の後であれば、対象の会社が買主の債務のために担保を提供することは、形の上では可能です。もっとも、対象の会社の側から見れば、自社の資産を他人の債務のために差し出す行為ですから、その会社の取締役の判断の当否が問われます。少数株主が残る場合や、対象の会社自身に債権者がいる場合には、慎重な検討を要します。同じ理由から、対象の会社に借入れをさせてその資金を買主へ移す構成も、安易に採るべきではありません。
実務で用いられるのは、買主が取得する株式そのものに質権を設定する方法と、買主の既存の資産を担保に供する方法です。会社の全体ではなく事業のみを取得する構成では、担保の対象を契約で特定しやすくなります。会社法第2条第29号は、吸収分割を、株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることと定義しています。事業譲渡の形を採る場合には、売主の側で会社法第467条第1項第1号により、事業の全部の譲渡について株主総会の決議による承認が必要となります。なお、売掛債権を返済の原資として見込む場合には、民法第466条第1項が、債権は譲り渡すことができ、ただしその性質がこれを許さないときはこの限りでないと定めていることが出発点になります。
対価を分割し、又は条件を付ける場合の設計
代金の全額を実行の日に支払う形が最も単純ですが、資金の手当てが間に合わない場合や、対象の会社の将来の業績に不確実さが残る場合には、支払を分ける設計が用いられます。分割の場合は、残額の支払の期日と、支払を確保する手当てを同時に定めます。手当ての例としては、取得する株式の一部を最終の支払まで売主に留保する方法、買主の代表者が連帯して保証する方法、第三者に金銭を預託する方法があります。
条件を付ける場合、すなわち一定の水準に達したときに追加の対価を支払う設計では、四つの事項を契約に落とす必要があります。第一に、判定に用いる指標の定義です。売上高か、営業利益か、それとも特定の契約の獲得か。第二に、判定の基礎となる計算書類と、その作成の方針です。第三に、判定の時期と、支払の期日です。第四に、判定について争いが生じた場合の処理の方法です。
売主が買収の後も役員として残るかどうかによって、この設計の意味は変わります。残る場合には、追加の対価が業績への動機として働きます。退任する場合には、判定の対象となる期間の経営に売主が関与しないことになりますので、指標を売主の関与が及ぶ範囲に限る必要があります。
実行の日までに資金を確定させる必要
株式の譲渡の契約では、契約を締結する日と、代金を支払い株式を引き渡す日とが分かれるのが通常です。後者を実行の日と呼びます。この日に代金の全額を送金できる状態を作ることが、買主の側の最大の実務です。
借入れによる場合は、逆算の作業が必要になります。金融機関の正式な決裁には、申込みから相応の日数を要します。決裁の後も、貸付けの実行には条件が付されるのが通常であり、担保の設定の登記、保証の書面の差入れ、株式譲渡契約書の写しの提出、取締役会の議事録の提出といった手続を済ませなければ、資金は動きません。これらに要する日数を積み上げ、実行の日から遡って工程表を作ってください。
自己資金の部分についても、同じ作業が要ります。定期預金の解約の可能日、有価証券の売却の受渡しの日、他の支払との重複の有無を確認します。あわせて、会社法第362条第4項第1号及び第2号に係る取締役会の決議の日付が、実行の日より前になっているかを確認してください。決議の日が実行の日の後になっていると、手続の上での瑕疵となります。
買収の後の返済を、どの資金から行うのか
返済の原資は三つに分けて考えます。第一は、買主の既存の事業が生む利益です。第二は、対象の会社から受け取る配当です。第三は、統合によって新たに生まれる利益です。この三つのうち、確実に見込めるのは第一のものだけです。
第二の配当については、対象の会社の分配可能額の範囲でしか行うことができず、しかも買収の直後は、運転資金や設備の更新に資金を要することが通常です。買収後の1年から2年は配当を見込まない前提で計画を組んでください。第三の統合による利益は、計画よりも遅れて現れるのが通例です。仕入の集約や間接部門の効率化が数字に反映されるまでには、相応の期間を要します。
したがって、借入れの返済の計画は、既存の事業の利益で当初の期間を賄える形にしておくことが安全です。返済の期間は5年から10年で組み、当初の1年は元本の据置きとする形が扱いやすい形です。対象の会社の資金を直接に返済へ充てる構成は、対象の会社の債権者や少数株主との関係で問題を生じ得ますので、計画の前提としてはなりません。
なぜ資金の手当てが遅れると交渉の主導権を失うのか
売主は複数の候補を並べて比較します。比較の軸は価額だけではありません。実行までの確実性、期間、そして手続の煩雑さが同じ重みで見られます。価額が同程度であれば、実行の確実性の高い候補が選ばれます。
資金の裏付けを示せない候補は、独占して交渉する期間を短く区切られるか、そもそも候補から外れます。仮に交渉の席に残ったとしても、期限が近づくにつれて、確実性の不足を価額で埋めるほかなくなります。買収の価額が上がれば、買収の後の返済の負担が重くなり、統合に投じることのできる資金が減ります。
これを避ける方法は単純です。対象の概要を受け取った段階で、取引のある金融機関に匿名の形で相談を持ち込み、想定する金額と期間について感触を得ておくことです。そのうえで、意向表明を出す前に、少なくとも一行から前向きな回答を書面又は電子メールの形で得ておいてください。この一枚があるかどうかで、交渉における立ち位置が変わります。
専門家に相談すべき場面と、相談の前に整えておく資料
次の場合には、外部の専門家に相談してください。第一に、意向表明書に資金の調達の方法を記載する段階。第二に、対価を分割し、又は条件を付ける設計を検討する段階。第三に、対象の会社の資産を担保に供する構成が提案された段階。第四に、事業譲渡や会社分割の形を用いることが検討される段階。第五に、実行の日が近づいているにもかかわらず、融資の実行の条件が満たされる見通しが立たない段階です。
相談の前に整えておく資料は、買主側のものとして、直近3期分の決算書、直近の試算表、借入金の一覧と返済予定表、手元の現預金と定期預金の明細、取締役会の構成が分かる書面です。対象の会社に関するものとして、受領している概要の書面、直近3期分の決算書、株主の構成が分かる資料、主要な取引契約の一覧、そして交渉の経過を記した記録です。
契約書の条項の設計、株主総会や取締役会の手続、担保の設定の可否といった法律上の判断を要する事項については、弁護士その他の資格を有する専門家にご相談ください。税務の取扱いについては税理士が担い手となります。
いま確認していただきたいこと
まず、自社が拠出できる自己資金の上限を算定してください。手元の現金及び預金の合計から、今後6か月の運転に必要な額と、既存の借入れの返済額を差し引いた残りが、その上限です。この計算を行わずに金額の話を進めますと、買収の後に自社の資金が回らなくなります。
次に、取引のある金融機関ごとに、現在の借入れの残高、担保に供している資産、保証の状況を一覧にしてください。担保の余力がどこにあるのかが分かれば、追加の借入れの見込みを概算できます。あわせて、既存の借入契約に、新たな借入れや担保の差入れを制限する条項が置かれていないかを確認してください。
最後に、実行の日から遡った工程表を1枚作ってください。融資の申込み、決裁、契約の締結、担保の設定、取締役会の決議、そして送金の各時点を日付で並べます。この工程表が作れない段階では、意向表明書に具体的な期日を書くことはできません。
よくあるご質問
自己資金がまったくなくても買収はできますか
難しいと考えてください。金融機関は、買主自身がどれだけ拠出するかを判断の材料とします。自己資金の割合に一律の基準はありませんが、買主が何も拠出しない前提の計画は、返済が滞った場合の負担の分担が明らかでないため、審査の入口で止まります。
対象の会社の現預金を代金の支払に充ててよいですか
実行の前は、その現預金は買主のものではありません。実行の後についても、対象の会社の資金を買主の債務の返済に充てる構成は、対象の会社の債権者や少数株主との関係で問題を生じ得ます。買収の代金は、買主自身の資金と借入れによって用意することが原則です。
株式ではなく事業だけを買う方が資金は少なくて済みますか
取得する範囲を限れば代金は下がりますが、その代わりに、契約の移転や許認可の取得といった手続の負担が増えます。また、売主の側では会社法第467条第1項第1号に基づく株主総会の決議が必要となる場合があり、実行までの期間が延びます。
分割払にすれば借入れは不要になりますか
不要にはなりません。分割払は支払の時期をずらす方法であり、支払うべき総額は変わりません。むしろ、残額の支払を確保するための担保や保証を求められることが通常ですので、その負担を織り込んだうえで比較してください。
複数の金融機関から分けて借りることはできますか
できます。金額が大きい場合には、複数の金融機関が分担して貸し付ける形が用いられます。ただし、実行の日を揃える必要があり、各行の条件や必要書類が異なりますので、工程の管理は一行から借りる場合よりも複雑になります。
おわりに
買収の資金は、価額が決まってから考えるものではなく、価額を決めるための前提です。自己資金の上限を先に算定し、借入れの感触を早い時期に確かめ、対価の設計によって不足を埋める。この順序で進めれば、交渉の場で期限に追われることはありません。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
本記事の位置付け
本記事は情報の提供を目的とするものであり、個別の事案についての法律上の判断を示すものではありません。法律上の判断を要する事項については、弁護士その他の資格を有する専門家にご相談ください。
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出典
- 会社法第2条第29号(定義・吸収分割)、第199条第1項(募集事項の決定)、第362条第4項第1号及び第2号(取締役会の権限等)、第467条第1項第1号(事業譲渡等の承認等)
- 民法第369条第1項(抵当権の内容)、第466条第1項(債権の譲渡性)、第555条(売買)、第587条(消費貸借)
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本ページの主題に関し、資金調達の類型、検討の手順及び留意事項は、次のご案内のページに整理しています。あわせてご覧ください。




























































